Schumpeterの「革新」的経済活動における「生産」の主導性-「生産」主導的イノベーション論

シュンペーターは、下記のように、シュムペーターは欲求充足が生産活動の基準であるとしつつも、「通常」的経済活動と異なり、「革新」的経済活動では生産の側に主導権があり、生産の側が消費者に新しい欲望(neue Bedürfnisse)を教え込む、としている。すなわち、「通常」的経済活動では「消費者の欲求の充足」→「生産」というように欲求充足が生産活動を規定=主導しているのに対して,「革新」的経済活動では「生産」→「消費者における新しい欲求の生成」というように生産機構が規定=主導している、としている。
 
経済的観察は、欲求充足(Bedarfsbefriedigung)があらゆる生産活動の基準であり、そのときどきにい与えられる経済状態はこの側面から理解されなければならないという根本事実から出発するものであるとしても、経済における革新は、新しい欲望(Bedürfnisse)がまず消費者の間に自発的に現れ、その圧力によって生産機構(Produktionsapparat)の方向が変えられるというふうに行われるのではなく-われわれはこのような因果関係の出現を否定するものではないが、ただそれはわれわれになんら問題を提起するものではない-、むしろ新しい欲望が生産の側から消費者に教え込まれ、したがってイニシアティヴは生産の側(Produktionsseite)にあるというふうにおこなわれるのがつねである。
Schumpeter,J.A.(1926) Theorie der Wirtschaftlichen Entwicklung, 2nd ed., pp.99-100[邦訳 (塩野谷祐一他訳,1977)『経済発展の理論』岩波文庫、上巻、p.181,(1980改訳)『経済発展の理論』岩波書店、p.151)
 
 
すなわち、同書(Schumpeter,1912,pp.16-17、岩波文庫,pp.45-46)の第1章「一定条件に制約された経済の循環」における下記の文章は、通常の経済的活動について論じているものであることに注意する必要がある。
 
事物の他の側面、すなわちわれわれがその「自然科学的」および社会的側面よりもはるかに深く生産の内面に立ち入ることのできる側面は、個々の生産の具体的目的である。経済する人間が生産に当って追及する目的、およびそもそもなぜ生産がおこなわれるかを説明する目的は、明らかにその刻印を生産の方法と大きさの上に残している。与えられた手段と客観的必然性の範囲内で、この目的が生産の存在および「なにを」「いかにして」生産するかを決定しているということを証明するためには、明らかになんの議論 も必要ではない。この目的は有用なもの(Brauchbarkeit)の創出(Erzeugung )、消費対象(Konsumtionsgegenständen)の創出にはかならない。交換のない経済においては、その経済内の消費にとって有用なものだけが問題となりうる。この場合においては、個々の経済主体は生産したものを消費するために、すなわちその欲望(Bedürfnisse )を充足する(befriedigen)ために生産する。したがって、明らかにこれらの欲望の種類と強度が実際の可能性の範囲内において生産を決定する。欲望は経済主体の経済行動にとって根拠であると同時に準則である。それは経済行動の原動力を表わすのである。与えられた外的条件と経済主体の欲望とは経済過程を決定する二つの要素であり、経済過程の結果を生み出すさいに協働する二つの要素である。すなわち、生産は欲望にしたがい、前者はいわば後者によって引張られている。まったく同じことが、必要な修正のもとで流通経済にもあてはまる。」
 
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