科学的研究の「基礎研究」的性格に関する歴史的主張

原子力に関わる「基礎研究的性格」論
オニール,ジョン・ジェー(鈴木訳,1940)「社会生活に革命を起こす原子動力の発見」『アメリカ』(新世界朝日新聞東京支社),1(3), 1940年8月号, pp.36-39
本記事は、原子力に関する科学的発見が社会生活に大変革をもたらすというようにその革命的意義を強調するとともに、科学者による基礎的研究の次の段階が技術者による実用化である、としている。

世紀の科学の凱歌がアメリカ科学によって挙げられた。19世紀のキュリー夫妻のラジユーム発見にも比すべき大発見が科学者の一群によって成遂げられたのである。いやラヂユームの発見よりも更に大きな影響が予想される。社会生活に大革命を招来するだろうことが期待されるのだ。・・・新しい、奇異な物質が分離し、空想にも及ばなかったような大きな力を放射することが、アメリカの実験室から発表された。それはラヂユームと同じ鉱石の中に隠されていたウラニウム235である。しかもラヂユームに比して数億倍も多量に含まれ、数百億倍の力を放射するという麒麟児だ。この新しく分離された原子はその爆発力によって石炭の燃焼によって得られる力に比し、実に500万倍の強力なものである。しかもこれは全原子動力放射の第一歩であって、全原子動力は如何なる化学燃焼の方法によるものよりも180億倍も強いのだ。/アメリカの科学は、この強大な力の存在を理論的にも、実験的にも証明した。そして次の研究段階は技術家がこの原子動力を実用的なものとすることで、その方法はこの原子を含む原料を分解する実用的方法を発見することに懸つている。これが為には、一方には実験的規模と、他方には大量生産規模とが併行して研究が進められねばならない。そしてそれが成就する日こそ、現代文化革命の日であり、人類の社会生活に大変革が起こるのである。その基礎的研究は、既に最近アメリカ科学が完成したのである。」p.36

 
科学(1943)「戦時下に於ける科学の進展について」『科学』岩波書店,1943年11月号,p.1
無署名の本巻頭言は、戦時下において直接的には役立たない科学研究をおこなうことの意義について次のように主張している。

「かやうな場合に於ても我々科学者としては,そこに多少の余裕の存する限りは,科学上の根本的な研究を推し進めることを忘れてはならないのであり,かやうな研究の進展を切望しないわけにゆかないのである。なぜと云へば,それが意外な点に於てまた戦力増強に貢献しないとも限らないからである。すなはち自然はいかにも巧妙につくられてゐるのであって,どんな所に異常な現象を呈するかを我々は予め想描することが不可能なのであり,そこに予想外な新発見が結果しないとは限らないからである。・・・周知の如く科学上の研究はいつも我々の予想外の発見を持ち来すといふことは従来のあらゆる経験が之を実証してゐるのであり,この意味に於て多少でも余裕の存する限り,科学者はやはりその根本的な研究を推し進めることに努力しなければならないのであらう。」
そして科学者によるそうした予想外の新発見の例として原子核分裂を挙げるとともに、それがエネルギー論的意味を持つことを強調している。
「具体的な一例をここに記して見るならば,先年ドイツのハーン及びシュトラースマンによってウラン原子及びトリウム原子を中性子で爆撃することにより原子核の分裂が発見せられたことなど重要な事実である。・・・しかもこの分裂に伴って巨大なエネルギーが放出せられることも明らかになったのである。」

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