科学技術基本計画における技術革新、イノベーション、基礎研究

[科学技術基本計画]
 
[各科学技術基本計画におけるイノベーション・モデル]
1.イノベーションのリニア・モデル的発想
(1) 第1期 科学技術基本計画におけるリニア・モデル的発想
「活力ある豊かな国民生活を実現するため、経済フロンティアの拡大や高度な社会経済基盤の整備に貢献し、新産業の創出や情報通信の飛躍的進歩などの諸課題に対応する独創的・革新的な技術の創成に資する科学技術の研究開発を推進する。」
新たな研究成果は、時に、技術体系の革命的な変貌や全く新しい技術体系の出現をもたらし、社会に様々な波及効果を与える。
 
(2) 第2期 科学技術基本計画におけるリニア・モデル的発想
「我が国経済の活力を維持し持続的な発展を可能とするため、技術の創造から市場展開までの各プロセスで絶え間なく技術革新が起きる環境を創成し、産業技術力の強化を図ることで、国際的な競争優位性を有する産業が育成されることが必要である。特に、研究開発に基盤を置いた新産業の創出が必要であり、・・・」『第2期 科学技術基本計画』第1章-2-(2)「 国際競争力があり持続的発展ができる国の実現に向けて-知による活力の創出-」
研究開発の成果は、市場原理に基づく競争的な環境の中で、現実に利用可能な財・サービスの形で広く社会に普及していくこととなるが、産業技術の役割は、このような知的創造活動の成果の国民生活・経済社会への橋渡しに貢献することである。・・・産学官のセクター間にある「見えない壁」を取り除き、産学官の各セクターの役割分担や各研究機関の特性を踏まえつつ、成果が産業界に活用されるとともに、産業界のニーズ等が公的研究機関へ伝達されることにより、産学官の有機的な連携を促進し、革新的な財・サービスが次々と生まれる技術革新システムを構築する。」『第2期 科学技術基本計画』第2章-II-2「産業技術力の強化と産学官連携の仕組みの改革」
 

日本政府(2006)『第3期 科学技術基本計画』p.4における「発見や発明からはじまり、公的研究開発投資によって死の谷を乗り越えて発展した」研究という趣旨の記述、および、「科学的発見や技術的発明を洞力と融合し発展させ、新たな社会的価値や経済的価値を生み出す革新」としてのイノベーションという趣旨の記述
 
日本政府(2006)『第3期 科学技術基本計画』p.27における「基礎研究で生み出された科学的発見や技術的発明」を基に「革新的技術を生み出す」という記述や「基礎研究からイノベーション創出に至る」という記述

 
 
2.イノベーションの主導要因に関する「シーズ=ニーズ協働説」想
独創的な技術シーズと企業の実用化ニーズをつなぐ人的ネットワークや共同研究体制による「技術革新システム」
「「知的クラスター」とは、地域のイニシアティブの下で、地域において独自の研究開発テーマとポテンシャルを有する公的研究機関等を核とし、地域内外から企業等も参画して構成される技術革新システムをいう。
具体的には、人的ネットワークや共同研究体制が形成されることにより、核をなす公的研究機関等の有する独創的な技術シーズと企業の実用化ニーズが相互に刺激しつつ連鎖的に技術革新とこれに伴う新産業創出が起こるシステムである。このようなシステムを有する拠点を発展させることにより、世界水準での技術革新の展開が可能であり、国としてもその構築を促進することが必要である。」『第2期 科学技術基本計画』第2章-II-3-(1)「地域における「知的クラスター」の形成」
 
[各科学技術基本計画における技術革新、イノベーション定義、基礎研究の位置づけ]
『第1期 科学技術基本計画』に「科学技術の革新的発展」という語は登場するが、「技術革新」および「イノべーション」という語は登場しない。
 
a. 国際競争力確保、地球環境問題、食料問題、エネルギー・資源問題などへの対応における科学技術の役割、および、科学技術の革新的発展意義
「我が国は、グローバル化、ボーダレス化と国際的な経済競争の激化、史上類を見ない速度で進行している人口の高齢化等により、産業の空洞化、社会の活力の 喪失、生活水準の低下等の危機的事態に直面することになるのではないかと強く懸念されている。また、我が国国民を含む人類の未来には、地球環境問題、食料問題、エネルギー・資源問題等地球規模の諸問題が大きく立ちはだかっている。さらに、我が国国民の意識、価値観が、精神的な豊かさを重視する方向に変化していることから、安心して暮らせる潤いのある社会の構築が強く求められている。このような内外の諸課題への対応のために、科学技術が大きな役割を果たしていくことへの期待はますます高まっている。
また、様々な科学技術の革新的発展をもたらすとともに、その成果が人類の共有し得る知的資産としてそれ自体価値を有し、人類に対し貢献し得る基礎研究への期待も非常に大きくなっている。特に、我が国は、今や自ら率先して未踏の科学技術分野に挑戦していくことが強く求められている。科学技術は、次代を担う若者たちが夢と希望と高い志を持つことを可能とし、また人類の未来への展望を開くものといえる。同時に、今日の科学技術は、その成果が生活・社会の隅々まで浸透し、人々への影響を増す一方で、著しく高度化、複雑化しているため、広く国民に、科学技術の意義、役割、成果、波及効果、進展等について理解を求め、関心を得ることが必要となっている。」
 
b. ニーズに対応した科学技術、諸課題の解決に資する科学技術の研究開発推進
「人間が地球・自然と共存しつつ持続的に発展することを可能とするため、人間活動の拡大、開発途上国を中心とする人口の大幅な増加等に伴い顕在化している地球環境、食料、エネルギー・資源等の地球規模の諸問題の解決に資する科学技術の研究開発を推進する。さらに、生活者のニーズに対応し、安心して暮らせる潤いのある社会を構築するため、健康の増進や疾病の予防・克服、災害の防止などの諸課題の解決に資する科学技術の研究開発を推進する。」
 
c. 科学的基礎研究それ自体の人類文化的意義
物質の根源、宇宙の諸現象、生命現象の解明など、新しい法則・原理の発見、独創的な理論の構築、未知の現象の予測・発見などを目指す基礎研究の成果は、人類が共有し得る知的資産としてそれ自体価値を有するものであり、人類の文化の発展に貢献するとともに、国民に夢と誇りを与えるものである。・・・さらに、自然と人間に対する深い理解は、人類が自然との調和を維持しつつ発展を続ける大前提でもある。」
 
d. 「技術体系の革命的な変貌や全く新しい技術体系の出現」をもたらす科学的基礎研究
新たな研究成果は、時に、技術体系の革命的な変貌や全く新しい技術体系の出現をもたらし、社会に様々な波及効果を与える。
 
『第2期 科学技術基本計画』に「技術革新」は登場するが、第1期と同じく「イノべーション」という語は登場しない。

 
a.技術革新の意義
a.国民生活の安定的発展のためには、絶えざる技術革新が必要
「国民生活を安定的に発展させるためには、絶えざる技術革新により高い生産性と国際競争力を持つ産業を育て、経済の活力を回復していくことが必要である。」
 
b.産業技術力が産業の国際競争力の源泉、産業活動の活性化の原動力であるから、技術革新が必要
産業技術力は、我が国産業の国際競争力の源泉であり、国民生活を支えるあらゆる産業活動を活性化していく原動力でもある。また、産業技術は科学技術の成果を社会において活用する観点からも重要である。我が国経済の活力を維持し持続的な発展を可能とするため、技術の創造から市場展開までの各プロセスで絶え間なく技術革新が起きる環境を創成し、産業技術力の強化を図ることで、国際的な競争優位性を有する産業が育成されることが必要である。特に、研究開発に基盤を置いた新産業の創出が必要であり、このため、科学技術と産業とのインターフェースの改革が急務である
具体的には、例えば、TLO等の技術移転機関が質的量的に充実し、公的研究機関からの特許の移転が進み、公的研究機関発の数多くのベンチャー企業が起こるなど、公的研究機関の研究成果が数多く産業へ移転される、国際標準が数多く提案される、国際的な特許の登録件数が増加する、産業の生産性が向上するなど強い国際競争力を持つことを目指す。」
 
c.科学技術システム
科学技術システムとは、社会の理解と合意を前提に資源を投入し、人材養成及び基盤整備がなされ、研究開発活動が行われ、その成果が還元される仕組みである。すなわち、科学技術システムは、研究開発システム、科学技術関係人材の養成及び科学技術振興に関する基盤の整備からなり、産業や社会とのインターフェースを含むものである。
 
 

1.イノベーションに関するリニア・モデル論的イメージ
a.「発見や発明からはじまり、公的研究開発投資によって「死の谷」を乗り越えて発展した」研究
「総じて、これまでの研究開発投資の成果を概観すれば、研究水準の着実な向上や産学官連携の取組も進展し、これまでの研究成果の経済・社会への還元も進んできている。・・・[新しいがん治療方法(重粒子線がん治療装置)の開発、再生医療用材料(アパタイト人工骨)の実用化、世界最高の変換効率とその量産化技術の開発を達成した太陽光発電、世界最高密度の超小型磁気ディスク装置、光触媒を活用した多様な効果を示す材料の開発など]これらは、いずれも萌芽段階におけるきらりと光る発見・発明から始まり、初期から実用化段階に至る適切な時期に適切な公的な研究開発投資に支えられ、最終段階において先導的な産学による協働が行われたことにより、いわゆる死の谷などの多くの困難を乗り越えて発展したものであり、発展の流れを引き続き加速していかなければならない成果である。」日本政府(2006)『第3期 科学技術基本計画』p.4
 
b.「科学的発見や技術的発明を洞察力と融合し発展させ、新たな社会的価値や経済的価値を生み出す革新」としてのイノベーション
「知的資産の増大が価値創造として具体化するまでには多年度を要することから、第1期・第2期基本計画期間の投資により向上した我が国の潜在的な科学技術力を、経済・社会の広範な分野での我が国発のイノベーション(科学的発見や技術的発明を洞察力と融合し発展させ、新たな社会的価値や経済的価値を生み出す革新)の実現を通じて、本格的な産業競争力の優位性や、安全、健康等広範な社会的な課題解決などへの貢献に結びつけ、日本経済と国民生活の持続的な繁栄を確実なものにしていけるか否かはこれからの取組にかかっている。」日本政府(2006)『第3期 科学技術基本計画』p.4
 
c. 「基礎研究で生み出された科学的発見や技術的発明」を基に「革新的技術を生み出す」
「(イノベーション創出を狙う競争的研究の強化)
社会・国民への成果還元を進める観点から、基礎研究で生み出された科学的発見や技術的発明が、単に論文にとどまることなく社会的・経済的価値創造に結びついていくよう、革新的技術を生み出すことに挑戦する研究開発を今後強化する必要がある。これには、研究者の知的好奇心の単なる延長上の研究に陥ることのないよう適切な研究のマネジメントが必要である。
このため、新たな価値創造に結びつく革新的技術を狙って目的基礎研究や応用研究を推進する競争的資金については、例えば、イノベーション志向の目標設定や研究進捗管理等を行う責任と裁量あるプログラムオフィサー(プログラムマネージャー)を置くなどにより、マネジメント体制を強化する。」日本政府(2006)『第4期 科学技術基本計画』p.27
 
d.基礎研究からイノベーションへ
「基礎研究からイノベーション創出に至るまでの多様な制度」日本政府(2006)『第4期 科学技術基本計画』p.27
 
2.基礎研究の位置づけ
a.「地道で真摯な真理探求と試行錯誤の蓄積の上に実現される」ものとしての基礎研究
「人類の英知を生み知の源泉となる基礎研究は、全ての研究開発活動の中で最も不確実性が高い
ものである。その多くは、当初のねらいどおりに成果が出るものではなく、地道で真摯な真理探求と試行錯誤の蓄積の上に実現されるものである。また、既存の知の枠組みとは異質な発見・発明こそが飛躍知につながるものであり、革新性を育む姿勢が重要である。」日本政府(2006)『第3期 科学技術基本計画』p.11
 
b. 2種類の基礎研究 — 「研究者の自由な発想に基づく」基礎研究 vs 「政策に基づき将来の応用を目指す」基礎研究、すなわち、「非連続的なイノベーションの源泉となる知識の創出」を目指す基礎研究
「基礎研究には、人文・社会科学を含め、研究者の自由な発想に基づく研究と、政策に基づき将来の応用を目指す基礎研究があり、それぞれ、意義を踏まえて推進する。すなわち、前者については、新しい知を生み続ける重厚な知的蓄積(多様性の苗床)を形成することを目指し、萌芽段階からの多様な研究や時流に流されない普遍的な知の探求を長期的視点の下で推進する。一方、後者については、次項以下に述べる政策課題対応型研究開発の一部と位置付けられるものであり、次項2.に基づく重点化を図りつつ、政策目標の達成に向け、経済・社会の変革につながる非連続的なイノベーションの源泉となる知識の創出を目指して進める。」日本政府(2006)『第3期 科学技術基本計画』p.11-12
 
 
 
 

(1) イノベーションの定義—発見や発明による新知識をもとにした革新としてのイノベーション
a.「科学的な発見や発明等による新たな知識を基にした知的・文化的価値の創造と、それらの知識を発展させて経済的、社会的・公共的価値の創造に結びつける革新」としてのイノベーション
「「科学技術イノベーション」とは、「科学的な発見や発明等による新たな知識を基にした知的・文化的価値の創造と、それらの知識を発展させて経済的、社会的・公共的価値の創造に結びつける革新」と定義する。」日本政府(2011)『第4期 科学技術基本計画』p.7の注3
第3期では「社会的価値」と「経済的価値」となっていたのが、第4期では「知的・文化的価値」および「公共的価値」が付け加えられている。
 
(2) 基礎研究の位置づけ
a.「人類の新たな知的資産の創出、および、世界的課題克服の鍵であると同時に、イノベーションおよび安全で豊かな国民生活実現の基盤」としての基礎研究
「基礎研究の振興は、人類の新たな知の資産を創出するとともに、世界共通の課題を克服する鍵となる。また、基礎研究は、我が国の国力の源泉となる高い科学技術水準の維持、発展や、イノベーションによる新たな産業の創出や安全で豊かな国民生活を実現していくための基盤を成すものでもある。」日本政府(2011)『第4期 科学技術基本計画』p.30
 
b.「研究者の自由な発想に基づいて行われる」基礎研究が「イノベーションの源泉たるシーズを生み出すもの(多様性の苗床)」である
研究者の自由な発想に基づいて行われる基礎研究は、近年、イノベーションの源泉たるシーズを生み出すもの(多様性の苗床)として、また、広く新しい知的・文化的価値を創造し、直接的あるいは間接的に社会の発展に寄与するものとして、ますますその意義や重要性が高まっている。我が国の科学技術イノベーションの礎を確たるものとするためには、国として、独創的で多様な基礎研究を重視し、これを一層強力に推進していくことが不可欠であり、基礎研究の抜本的強化に向けた取組を進める。」日本政府(2011)『第4期 科学技術基本計画』p.30
 
c.「研究者の知的好奇心や探究心に根ざし、その自発性、独創性に基づいて行われるもの」としての基礎研究
「基礎研究は、研究者の知的好奇心や探究心に根ざし、その自発性、独創性に基づいて行われるものである。その成果は、人類共通の知的資産の創造や重厚な知の蓄積の形成につながり、ひいては我が国の豊かさや国力の源泉ともなるものである。」日本政府(2011)『第4期 科学技術基本計画』p.30
 
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